就職ガイダンス

昨日は某専門学校で、来年度に就職活動をはじめる学生に対し話をさせていただきました。

趣旨は、就職への意欲や就職活動へのモチベーションを高める様な話をする、といったものです。

終身雇用の崩壊、起業・独立、アルバイト求人の急増、リーマンショック、格差社会など、いまの世の中の現状を私なりに話をするところからスタートしました。

これだけ並べると暗いイメージをやっぱり学生は持ったかもしれません。

しかしながら、よく見るとチャンスがたくさん転がっていて、私はわくわくすると話をはじめました。

固定観念をとるワークショップにつづき、「働く」=「幸せ」ということの理解と説明、そして最後に実際の例(元オリックスバッファローズ清原選手と同チームの本屋敷コンディショニングコーチとのリハビリから復帰、引退までのドキュメンタリーDVD)を観る、といった流れで1時間いただきました。


理論や計算式ではない、右脳や魂で感じるガイダンスができたと思います。


最後には学生の目には光るものが見えました。


就職ガイダンスをそこでさせていただいて、5年目になりますが、はじめて感動をしていただくことができました。


やはり、人間はいくつになっても幸せを求めて暮らしているのだな、と感じた日でした。


毎日は必ず楽しく、感動があり、感謝があり、そして充実しているものである。ところが、苦しく、虚無で、非難を浴び、そして退屈な毎日が紙一重のところにある。


言葉の形容詞で私たちは元気になり、病気にもなる。


でもその形容詞の表現って自分でいくらでも変えることができるんですよね。


退屈をリラックスできる時間にするか

非難を浴びたことを反省し、真摯にうけとめ、次へのエネルギーに変えるか

苦しい時に、楽しい、といえるか、


それはあなた次第ですね。


ただ言えるのは、みなさんは幸せそうな人とお付き合いしたいですよね。
プライベートもお仕事も。


そんな話をさせてもらいました。

ありがとうございました。

*下の画像はガイダンスを終えた時に心の中です(私は午年などで)。
img20100125.jpg

新年あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。


年末・年始も実家に帰らせていただきました。

月末で99歳になる祖父の話を聞くと考え深くなります。


山陰地方で、しかも山間部にあるうちの実家ではいろいろなことが不便です。
電車へのアクセスは車で40分、インターネットは光がつながっていない、そして車がないとどこへも移動できません。昔はもっと不便でした。

そんな実家から出稼ぎに広島へ出た祖父。まだ昭和初期のお話です。

田舎なのですが、あまり近所とのつながりがないうちの地方。
当時はもっとそれがひどく、広島のほうが周りの人が仲良く、そして気さくに話をしてくれたようです。

Barで祖母と会い、結婚。そして2人の子供を設けました。その時は広島の呉市にいたようです。



しかし第二次世界大戦が始まり、祖父も例外なく招集されました。
広島県から四国の間にある島で活動していたところ、後ろが晴れた日でもわかる強烈な光が天から落ちてきたようです。

祖父は「神が落とした巨大な雷のような光をみた」と言っていました。


原爆が投下された時でした。
当時家族が広島市にいた祖母と子供二人(わたしのおじさんとおばさん)がいましたから、祖父はそこで友人も、仲良くしてくれた近所の人も、気さくに話しをしてくれている人たちがいた銭湯も、すべてを一瞬で失いました。


祖父は「神なんていない。それまでいつも神棚に手を合わせ、信じてきたが、神なんていない。神がいたら原爆など日本に落とさない」と。


奇跡的にも祖母と子供二人は、原爆が落ちる前日にいまの田舎へ疎開し、被害にはまったく会いませんでした(もし、被ばくしていたら私はこの世に存在していません)。


終戦後、なにも食糧がない時代、祖父は昔刀鍛冶のところで修業していた腕を活かし、家庭にある鍋などの修復をして


「米を稼ぐ」ことをしていたそうです。


この「米を稼ぐ」という言葉が時代を反映しているように思います。


そしてその腕一本で国鉄(現・JR)の板金工になり、定年を過ぎても働いていました。


職人気質でB型の祖父ですからわがままで、プライドが非常に高いですが、それも祖母と子供5人をなにもない時代をなにもない状態からくいっぱくれなく育てた自信があるからでしょう。


リラックスのために帰省しますが、毎年そのような話を聞くと気合が入ります。


大阪へ帰る前に祖父は、「人生一回しかないからのー、いまは二度とこんのだから、やりたいことを一所懸命すればええ(人生は一回しかなく、いまという時は二度とこないから、やりたいことを一所懸命しなさい)。」と言葉をくれました。


明治44年生まれ、毎日日記を書き(もう50年になります)、寝る前には養命酒と御茶を飲み、朝は焼きニンニクをひとかけら味噌汁に入れて飲むことを欠かさず数十年もできる祖父。それだけでも尊敬できます。


いまの時代に生まれたことと祖父の孫に生まれたこと、そしてその祖父と御酒を酌み交わし話せることに感謝します。


みなさん、長い文章ですみません。


同じ時代に生まれた同僚として、みなさまこれからもよろしくお願いします。

第8回スポーツメディシンカンファレンスを終えて

毎年恒例のSMCが大盛況の中終えることができました。

ご参加くださった方ありがとうございました。

SMCに参加せずに年を越すなんて考えられない、なんていってくれた方もいらっしゃいました。

そうなんです。

このセミナーはリピーターが非常に多いんです。

これは涙がちょちょぎれるほどうれしいことです。

1年ぶりに会う方も、このSMCで出会えてしまうんです。


逆に、毎年するからこそ、昨年よりも成長した自分を、講義を、そしてSMCをみなさんに見てもらおうと私たちは一所懸命だったように思います。


来年のことをいうと鬼が笑うといいますが、REACHはSMCが終わった途端来年のことばかり話し合っています。



鬼はいまごろ大爆笑ですねー。



今年もありがとうございました。
また来年SMCでお会いいたしましょう!
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